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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)2624号 判決

控訴人

株式会社長野ダイハツモータース

右代表者代表取締役

和田守也

右訴訟代理人弁護士

山岸文雄

山岸哲男

山岸美佐子

被控訴人

有限会社東海中古車

右代表者代表取締役

白旗良孝

右訴訟代理人弁護士

青木逸郎

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載の自動車を引き渡せ。

前項の強制執行が功を奏しないとき、被控訴人は控訴人に対し、金八三万九〇〇〇円を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

一  控訴代理人は主文同旨の判決及び仮執行宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、当審において次のように付加・訂正されたほかは、原判決事実摘示(原判決書二丁裏八行目「六月一九日」を「六月九日」に改める。)と同一であるので、これを引用する。

1  控訴人の主張

(一)  売買契約の解除

控訴人と丸山との間に昭和六〇年六月九日成立した本件自動車についての売買契約(以下「本件売買」という。)において、丸山は控訴人に対し同月二八日限り代金一四一万九六二〇円(車両本体価格一三九万円と附帯費用二万九六二〇円)を支払うべきことが約束されていた。

控訴人は丸山に対し、長野簡易裁判所昭和六〇年(サ)第一一三一号意思表示の公示送達申立事件の手続により、右代金を支払うよう催告し、同時に右催告の到達から三日内にその支払のないことを停止条件として右売買を解除する旨意思表示をし、これは同年九月二四日の経過をもつて丸山に到達した。

以上により、同月二七日の経過をもつて、本件売買は解除された。

(二)  代償的損害賠償請求についての請求原因の補充・訂正

本件自動車引渡しの強制執行が功を奏しないときは、目的物の性質にかんがみ、社会通念上所在不明になることが確実視されるので、不法行為が成立し、控訴人は被控訴人に対し、本件自動車の時価相当額の賠償を求め得る。当審口頭弁論終結時の右時価は八三万九〇〇〇円であるので、原審における請求額を右の額に減縮した上、代償請求として右金員の支払を求める。

2  右に対する被控訴人の認否

(一)  控訴人の主張(一)については、代金支払の催告及び条件付き契約解除の意思表示のあつたことを認め、その余は争う。

(二)  同(二)は、否認し争う。

3  被控訴人の主張

控訴人は、本件売買において丸山が代金を支払うまでは本件自動車の所有権は控訴人に留保され、丸山に移転しない旨の特約があつたかのような主張しているが、そのような特約は存せず、控訴人が丸山に対して自動車だけを引き渡し、譲渡証明書、登録名義書換用の委任状、車検証を引き渡さなかつたとしても、それは単に売買代金の回収を確実にする手段として右書類の交付を留保したにすぎない。そして、控訴人は、本件自動車を丸山に引き渡し、同人が販売市場に展示して顧客を誘引してこれを転売することを容認している以上、右車検証等の交付がないことに依拠して所有権留保の主張をすることは許されない。被控訴人は本件自動車を正常な商品と信じ、かつ信ずるに足りる情況下においてこれを買い受けた善意の第三者であるから、右のごとき単なる担保目的にすぎない所有権留保の特約があつたとしても、被控訴人には対抗し得ないものというべきである。

4  右に対する控訴人の主張

被控訴人の右主張は否認し争う。

控訴人は単に代金支払確保のために譲渡証明書や車検証等を保持し丸山に交付しなかつたものではなく、まさに所有権それ自体を留保したものにほかならない。丸山などの中古車業者が店頭に展示し販売している車両は、その大半が本件自動車と同様に自らの所有車両ではなく、いわゆる陳列車両である。このことは業界の常識であり、同種業者である被控訴人も先刻熟知している事柄である。したがつて、被控訴人は右につき悪意であり、善意としてもその点につき重過失が存し、被控訴人の主張はその前提を欠く。

加えて、いずれにせよ前記のとおり本件売買は解除されており、被控訴人は登録自動車の所有権取得につき対抗要件を有しない(道路運送車両法第五条第一項)ので民法第五四五条第一項ただし書の「第三者」に当たらず、控訴人の引渡請求を拒絶し得る事由を被控訴人が何ら有しないことは明らかである。

5  当審における証拠〈省略〉

理由

一控訴会社の本店が長野市にあること、控訴会社は、本件自動車を所有していたところ、昭和六〇年六月九日丸山との間でこれを同人に売る旨の本件売買契約を締結し、代金の支払を受けないままこれを同人に引き渡したこと、被控訴会社が現に本件自動車を占有していること、控訴会社が本件売買につき当審で主張する公示送達手続により丸山に対して代金支払の催告及び条件付き契約解除の意思表示をし、これが到達していること、以上は当事者間に争いがない。

二右争いのない事実、〈証拠〉によれば、長野市内で「ベストカーエイト」という商号で中古車の展示販売を営む丸山は、同市内で自動車販売等を業とする控訴会社から昭和六〇年五月下旬該展示用として本件自動車を借り受け、これに一四〇万円前後の価額を付して他の十数台の中古車とともに展示場に並べておいたところ、同月三〇日右展示場を訪れた被控訴会社(代表取締役白旗良孝)に対し本件自動車をもう一台の中古車ニッサンガゼールとともに代金合計一八五万円・本件自動車については一〇〇万円で売り、現金及び車体の授受を済ませたこと、そこで丸山は、同年六月九日本件自動車に客が付きそうである旨申し向けた上、控訴会社から代金一四一万九六二〇円(車両本体一三九万円、附帯費用二万九六二〇円)同月二八日払で買い受ける旨の前示争いのない本件売買契約の締結に及んだこと、その際丸山は、代金を完済するまでは本件自動車の所有権を取得することができずまたこれを転売することもできない旨控訴会社に約諾し、車検証、譲渡証明書、所有権移転登録手続用の委任状等の必要関係書類は控訴会社に留保されたこと、ところが丸山は同月一五日ころ右代金を支払わないまま行方をくらまし、控訴会社において種々調査したけれどもついに分からなかつたので、前示争いのない公示送達手続による代金支払の催告及び条件付き契約解除の意思表示に及んだこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

三右によれば、本件売買は昭和六〇年九月二八日の経過をもつて有効に解除されているから、本件売買における所有権留保の性質、効力等を論ずるまでもなく、本件自動車は控訴会社の所有に復帰したものというべきである。なお、本件自動車が登録自動車であるところ、被控訴会社がその所有権取得に必要な対抗要件(道路運送車両法第五条第一項)を具備していないことは控訴人主張のとおりである。

ところで、被控訴人は、右解除及びこれにより控訴会社に復帰した所有権につき、解除は被控訴会社に対抗し得ないとか、本件の所有権行使は権利濫用に当たるとかの主張をしているので判断するに、前掲各証拠(被控訴会社代表者の供述にあつては、後記信用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、

1  丸山は中古車業者の中でも規模の小さい零細業者であり、同程度の業者では展示車両のうち自己所有のものはごく少なく、ほとんどは他の販売会社等から一、二週間ないし一箇月くらいの期間でその所有車両を借りてきたものであり、客が付けば販売会社等との間で即金による売買契約を締結するとともに、車検証その他の関係書類の交付を受けそのまま客に渡すというのが普通の取引方法であること。

2  被控訴会社は、中古車の売買等を業とする会社であり、道路運送車両法上の自動車登録、登録事項等証明書、譲渡証明書、自動車検査証等の意義、目的、効力等につき精通していることはもちろんのこと、丸山のごとき中古車業者の右1の取引の仕方についても当然承知している(知らなかつたという弁解は通るまい。)ものであること。

3  被控訴会社は、丸山から本件自動車を買い受けるに際し右のごとき自動車登録等に関する基本的文書につき全く確認せず(前認定のとおり右関係文書は控訴会社が所持していた。)、また本件自動車が丸山の所有車両であるかどうかも確認せず、更に丸山自身の譲渡証明書の交付も受けていないこと。

4  本件自動車は当時中古車市場で人気のあつたトヨタクレスタ(スーパー)ルーセントであり、丸山はこれに一四〇万円前後の価額を付して展示していたのを被控訴会社は買いたたき一〇〇万円で入手したというのであつて、それ自体異常な取引であつたこと(前掲被控訴会社代表者の供述は、もう一台のニッサンガゼールと抱合せで買つたので安くなつたかのような趣旨のものであるけれども、ニッサンガゼールの方は店頭表示価額がなかつたというのであるから、右の説明は説得力に乏しい。)。

5  被控訴会社は、本件自動車を丸山から買つた後約一箇月してから控訴会社に対し、「本件自動車を持つているが、本件と同様のトラブルについては被害折半ということでやつてきたのでそうしてほしい。でなければ、本件自動車を解体する。」旨の電話をしたこと。

以上の事実が認められ、この認定に一部抵触する被控訴会社代表者の供述は信用できない。

これらの事実に徴して考えるに、被控訴会社は、右1とは異なり、車検証等の関係書類との引換えではなくして本件自動車を買つたのであるから、中古車業者である以上、丸山がまだ所有権を取得していない他人(販売業者等)所有の車両を売つた(前記一で認定した事実関係からすれば、丸山が控訴会社所有車両を売つたことは明らかである。)ことを当然知つていたものと推認することができ、少なくとも業者としてはこのことを疑つてしかるべきであつたところ、丸山の付した店頭表示価額一四〇万円前後というのを一〇〇万円に買いたたいたのであるから、展示車両のほとんどが借受中古車であるという零細業者の丸山においては所有者(販売業者等)に支払うべき代金に窮し、結局は所有者から契約解除をされるおそれが多分に存在していたものであり、中古車業者たる被控訴会社には、その予測は十分に可能であつたはずである。にもかかわらず、被控訴会社は該業者でありながら、右につき全く(ないしは殊更に)意に介せず、車検証等の関係書類との引換えでなく本件自動車を買つたのであるから、その落度は否定し難いものであり、控訴会社から丸山との間の本件売買契約の解除を対抗されてもやむを得ないものというべきであり、また、右解除により復帰した所有権に基づく控訴会社の本件自動車の返還請求を権利濫用とすべき余地もない。なお、被控訴会社が右認定5の電話を控訴会社にしたことも、大いに理解に苦しむところである。ちなみに、登録自動車について動産の即時取得の規定が適用されるとしても、右の検討結果に照らし被控訴会社が本件自動車の所有権を即時取得することもあり得ない。

四以上により、被控訴会社は控訴会社に対し本件自動車を引き渡さなければならないところ、本判決に基づく強制執行が功を奏しないときは、自動車という目的物の性質にかんがみ社会通念上控訴会社の占有回復は不能に帰し、被控訴会社の故意又は過失により控訴会社は本件自動車の時価相当額の損害を受けることになることが明白であるので、事案に照らして代償請求としてあらかじめこれを訴求することが許される。

前掲〈証拠〉により弁論終結時における右時価は八三万九〇〇〇円と評価することができ、これに反する証拠はない。

被控訴会社は、右代償請求について過失相殺による減額を主張するけれども、右は被控訴会社が占有し法律上控訴会社に引き渡すべき自動車を強制執行によつてもなお引き渡さないことに由来して生ずる損害についての請求であつて、この点について控訴会社の過失を論ずる余地がないので、右過失相殺の主張は採用の限りでない。

五よつて控訴人の請求は全部理由があり認容すべきであるから、これを全部棄却した原判決を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条及び第八九条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のように判決する。

(裁判長裁判官賀集 唱 裁判官安國種彦 裁判官伊藤 剛)

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